システムトレード(EA)における「定常性」と「エルゴード性」について
【執筆】株式会社トリロジー
【登録】財務省近畿財務局長(金商)第372号
【加入】日本投資顧問業協会 会員番号022-00269
FX自動売買(EA)を深く理解する上で重要なポイントである、「トレード数を増やすとプロフィットファクター(PF)が安定して見える」理由が、個々のトレードの「独立性」ではなく、システム全体の「定常性」と「エルゴード性」にあるという点について、分かりやすく解説します。
なぜ「個々のトレードが独立している」という考え方では不十分なのか?
まず、多くの人が混乱しがちな内容から解きほぐしましょう。
コイントスやサイコロを振る場合、前の結果が次の結果に影響を与えることはありません。これを「独立事象」と呼びます。もし、FXのトレードが完全に独立事象なら、大数の法則(試行回数を増やすほど、その結果の平均が理論的な期待値に近づく法則)が綺麗に成り立ちます。
しかし、金融市場は完全な独立事象ではありません。
- トレンドの存在
- 上昇トレンド中には、次のトレードも「買い」で利益が出る可能性が高まります。
- ボラティリティのクラスター性
- 大きな値動きがあった後には、しばらく大きな値動きが続く傾向があります。
- 市場心理
- あるニュースが出ると、多くの市場参加者が同じ方向に動くため、トレード結果に相関が生まれます。
このように、あるトレードの結果は、その前後の市場環境や他のトレードと無関係ではいられません。そのため、「独立しているから期待値に収束する」という説明は、必ずしも正確ではありません。
そこで登場するのが「定常性」と「エルゴード性」という、より現実に即した考え方です。
定常性(Stationarity)⇒ システムの「ルール」が時間によって変わらないこと
定常性とは、確率的なプロセスの統計的性質(平均や分散など)が、時間をずらしても変化しないという性質です。
分かりやすい例:イカサマではないサイコロ
- このサイコロは、いつ、誰が振っても、1の目が出る確率は常に 1/6 です。
- 10回振ったときの平均値と、その1年後に10回振ったときの平均値は、だいたい同じような値になることが期待されます。
- サイコロを振るという行為の「統計的なルール(確率)」が時間を通じて一定である状態、これが定常性です。
EAとFX市場における定常性
EAの期待値を考えるとき、私たちは「EAが対象とする市場のパターン(優位性)が、過去も未来も統計的に同じように出現する」ということを暗黙の前提にしています。例えば、「移動平均線がゴールデンクロスしたら価格が上がりやすい」というパターンの出現確率や、その時の平均的な利益幅といった統計的性質が、長い目で見れば安定している状態が「定常性がある」状態です。
もし、市場が非定常(ルールがどんどん変わる)なら、過去のデータ(バックテスト)で得られたPFは、未来の成績を全く保証しません。
エルゴード性(Ergodicity)⇒ 1回の長い試行が、多数の短い試行の平均と同じになること
エルゴード性は少し複雑ですが、非常に重要な概念です。これは、時間平均とアンサンブル(集団)平均が等しくなるという性質を指します。言葉だと難しいので、またサイコロの例で考えてみましょう。サイコロの期待値(平均値)である 3.5 を求める方法は2つあります。
- 時間平均
- あなた1人が、サイコロを5,000回振る。出た目の合計を5,000で割れば、結果は 3.5 に非常に近くなります。これは1つのプロセスを時間的に長く追ったものです。
- アンサンブル平均(集団平均)
- 5,000人の人が、一斉に1回ずつサイコロを振る。その5000個の結果を集めて平均を計算しても、やはり 3.5 に非常に近くなります。これはたくさんのプロセスをある一点で見たものです。
この「時間平均」と「アンサンブル平均」が同じ結果になる性質が「エルゴード性」です。
EAとFX市場におけるエルゴード性
これをEAに置き換えてみましょう。EAの「真の期待値」を知りたいとします。
- アンサンブル平均(理論上の期待値)
- もし可能なら、無数のパラレルワールドを用意し、それぞれの世界であなたのEAをたった1回だけトレードさせ、その全結果を平均するのが最も正確な「真の期待値」です。しかし、これは現実には不可能です。
- 時間平均(私たちが実際にできること)
- そこで私たちは、1つの現実世界で、自分のEAを何百回、何千回と長時間にわたって運用します。これが時間平均です。バックテストも、過去の長い時間における時間平均を計算していることに他なりません。
もし、EAが運用される市場にエルゴード性があれば、私たちが計算した「時間平均(バックテストや長期間運用のPF)」は、「アンサンブル平均(真の期待値)」に等しいと見なすことができます。
まとめ:なぜトレード数を増やすとPFが収束するのか?
ここまでの話を統合すると、結論は以下のようになります。私たちがEAのトレード数を増やしてPFの収束を見るという行為は、
「定常性(=市場のルールは安定しているはずだ)」と「エルゴード性(=だから、1つの口座で長時間トレードを繰り返せば、いずれシステム本来の期待値にたどり着くはずだ)」という2つの性質を信じて、システムの「時間平均」を計算し、それを「真の期待値」と見なしている
ということが言えます。
個々のトレードが独立しているからではなく、EAが組み込まれた市場システム全体が、ある程度は定常的かつエルゴード的であると仮定しているからこそ、バックテストや長期運用に意味があります。
最も重要な注意点:市場は本当に定常的か?
この理論の最大の弱点は、「現実の金融市場は、完全に定常的ではない」という可能性です。
- レジームチェンジ
- 金利政策の大きな変更、テクノロジーの進化、地政学的リスクの発生などにより、市場の「ルール」そのものがガラッと変わることがあります。
- EAの劣化
- ある時期に非常に有効だったロジックが、市場参加者の行動変化によって陳腐化し、全く通用しなくなることは頻繁に起こります。これは、システムの定常性が崩れたことを意味します。だから、より本質的なロジックのたゆまぬ探求が重要となります。
よって、バックテストの重要性を正しく理解する一方で盲信することなく、「今はまだ定常性が保たれているか?」「市場のルールは変わっていないか?」を常に監視し、フォワードテストでEAのパフォーマンスを検証し続けることが重要であると言えます。


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